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zoom RSS 「京都府立植物園の歴史」〜園長気まぐれ散歩

<<   作成日時 : 2009/08/24 00:04   >>

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北山の植物園に1時前についた
切符売り場の前に電飾でお知らせが出てて
慌てて入る
植物園会館の2階

戦前 この植物園ができた頃のいきさつ

土地を京都府が買い入れて内覧会に向けて整備
お金は財閥が出したそうだ

造成中の写真
知事さんが映ってる

そのうち植物園にすることになったそうだ

大正13年
皇位継承の御大典記念
の建物 大正のと昭和のと両方あったそうだ

名前もそういうのが冠してあった

広さが30万坪 だったっけ
隣の今の府大の土地も入ってた

京都府立植物園は京都市街北部の平坦地に位置し、東は比叡山、東山連峰を望み、西に加茂の清流、北は北山の峰々を背景とした景勝の地にあります。  大正6年(1917)に着工し、同13年(1924)1月1日に「大典記念京都植物園」として開園しました。第2次大戦中は園内に菜園が設けられ食糧増産の場になり、戦後は、昭和21年(1946)から12年間連合軍に接収されました。このとき多くの樹木が伐採されるなど苦難の時代が続きました。昭和36年(1961)4月、憩いの場、教養の場としてその姿を一新し、再び公開しました。再開後も園内整備事業を推進し、昭和45年(1970)に「日本の森」を、同56年(1981)には、「洋風庭園」を造成しました。平成4年(1992)4月に「観覧温室」、「植物園会館」を竣工、同年12月には「北山門」を完成するなど、施設の整備充実をはかってきました。 平成16年(2004)には開園80周年を迎え、

とあるように

戦後すぐは樹木が2万本近く伐採されて米軍の住居にされた歴史をもつ

ほんとこのへんも沖縄のようになっていたということがわかった

池の水が抜かれ水辺の植物は全滅
ブルドーザーが薬草園もロックガーデンも押しつぶし
跡地に学校や消防署まで建てられたそうだ

今も残っているヒマラヤ杉

あるものは枝が下の方まであるのに
あるものは下のが切られている

これは
見通しが悪いと日本人が入ってきて
刀を振り回したりするかも
って心配から
切られたということだ

沖縄だったら首里城のそばの青桐が
爆弾にやられて
戦後復活してきたという話があったと思うけど
ここでは
でかい木が
枝を切られてその頃の状態を語っている


また御大典記念の昭和の館が
火事で燃えた時は
二台の消防車が両方故障していて
消せなかったそうだ

植物園が府に返還されたのが1957年
住宅を取り払うのに一年がかり
コンクリートの土台をのけたりして
苦労して元の状態にしていったそうだ

再開園が1959年
戦争はこんなところまで尾をひいていたのだ

名前は京都府立植物園になった

今では5万本以上の木があるって
すごい

松の木には黒松と赤松があるって
触って確かめたり

木に傷をつけて
臭いをかいでみたり
それが源氏物語では
「よぐその なんとか」 というひどい名前になってる
という話を聞いた

源氏物語から1000年だけど
花はそのころからまだまだ咲き続けているので
今年は
版画の源氏物語の花と
絵巻と上村松篁さんの版画の
展示をしている

花の遺伝子も1000年継承されてきたのかな?

都を踏みにじって進駐していたアメリカが
出ていって今の京都がある

それは沖縄との大きな違いで
原爆でやられたわけでも
空襲で焼かれたわけでもないところで

1000年の花の遺伝子がそのまま保たれているとしたら

そいつは
ありがたいこと

きれいな花や文化の影に

皇室がらみの京都への
アメリカの配慮が
かいまみられ
逆に
沖縄のように1972年まで祖国復帰もならなかった地域
今も米軍が居座り続ける現実の厳しさを思った

岩国なんかも基地を嫌がったら
日本政府が予算で嫌がらせをして
いじめるという話が
「差別と日本人」の対談の中に出てきた

大きな木が育って私たちに憩いをもたらしてくれる
うれしさの
大半はこの空を戦後米軍機が飛び回ったり
自衛隊が出撃したりして
気分を害することがないことや
空襲がなくて木が大きく育ったということから来ているのだろう

源氏の氏素性を考え
差別の氏素性を考え

空蝉さんが「関屋」で源氏に贈った和歌から
涙の理由は「差別」なんだと思った

(「行くと来とせき止めがたき涙をや 絶えぬ清水と人は見るらむ」
 他の人にわかってもらえないだろうけど
 それは清水なんてものとはちがうんですよ 
 あなたと私のあいだにはどれほどの関があるゆえに
  このようにすれちがうことかと思うと
  私は泣かずにはいられません)これは私の解釈です


紫上の最期の歌にも
男の風向き次第で
おろおろふるえ
病みついて
はかなく消える命があることが
歌われているしたような気もした

(「おくと見るほどぞはかなきともすれば 風に乱るゝ萩の上露」 紫の上)


頭のいい紫式部がきっちりと
恋愛の後ろに差別意識が潜む時の居心地の悪さを
登場人物に語らせていることに舌を巻いた

花を見ながら
差別や戦争を意識するとは

植物園で意外な体験をさせてもらった


http://hightube.jp/botanical-garden/





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