卵の中身 2006,1,11

今日お通夜に行った
にっこりと微笑む写真
お腹を押さえてるような
そこに
何が隠れていたのかしら
お焼香をしたらふいに
それが卵に見えてきた
でもそれは黄身や白身
そんな単純なものではなくて
とても複雑に入り組んだもの
だって生きてる途中から病気は始まり
死ぬときに初めて生が圧倒された
分解できない「生と死」の「卵」
それにデッドエンドと名前を付け
私は気持ちが塞いだけれども
ほんとはそれはデッドばっかりじゃなくて
これだけたくさんの人に惜しまれた人だから
きっと
その人たちをお世話した分だけ
多くのものをみんなに手渡していたろう
毎日タバコの煙を吸い
病気を飼い
次に優しい気性で
人を養って
簡単に分けることができないものを
お腹に抱えていた
この人のことを知らなかったとつくづく感じ
生きている間に
どんな話を聞きだすべきだったかと思う
病院からのメールに沈黙してしまった私たちに
その沈黙がどんなに彼を傷つけたかと思い出す
お経が繰り返される
死者を送っていく先が
安らげるよいところであるはずだと
私たちは文化をつかってイメージを作る
激痛を和らげるような
幻想を
共有することも
大切なことだったのかどうか
こんなときは
相手がたくさんしゃべれるようにしむけてあげたら
よかったのかなあと思う
何を続けたかったのか
ちょっと頼みたい
ぐらいのことがたくさんあったんじゃないかな
聞いてあげたらよかった
ほんとうに
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