5月6日に平等院に行った

大徳寺に行って来た」について
あとでわかったのは
源融がここにおったということ

源の勢力は
塩釜が好き

東北好き

尼崎から塩水運んで持ってきて
河原院でぶちまけ
塩の釜
やってたらしい

光源氏はそんなことしてない
舟遊びはやってた

六条院で
町から町へと

貫之の塩釜の歌がしみじみしてる

実朝の歌の元歌も東北の
塩釜つながり

綱手かなしも

さて

みなもとさだみが
宇多帝となって河原院を寄進された
融の息子の昇からだ

とおるはそこへ化けて出たらしい

こんなとこだから
女連れ込んだらタダではすまぬ

という怖い話は
平等院にはなくて

それは河原町の院の
出来事

とかや

平等院には可愛い楽団が
いたのではなかろうか

平等院になる前から

藤原定家さんの母は笛吹く人だった

東儀さんみたいなやつ

彼の哀傷歌がまた
しみじみする

お母さん
誰だったっけ

俊成の妻の1人

その人は
藤原隆信の母で

父がちがう兄弟

音楽できる母が歌人と画家

産んだんか

天人の楽団が平等院の展示室に
飛んでた

もっとよく顔をみたらよかった

源融が

いなくても
十分伝説が

女の伝説が満ちてる

おまけに建礼門院右京大夫も
定家の母とつながってるらしい

隆信が迫ってきたんだって
資盛亡き後に

深入りしてるんだこの二人は

平等院には
源頼政の墓があった

知盛に追われてきて
以仁王助けるためこんなとこで戦って自刃

歌が
うまい

ちゅうか
なんでもレポートせずにはおれない

歌人の習性だろう


池の周りに
萩の葉っぱが茂ってて

ここに全ての
テーマが

流れて

紫式部がウインクする


雨でも降って
水玉がころころと

葉から落ちてく

融の前は嵯峨帝

宇多の後は醍醐帝

その頃菅原道真と藤原時平

ぬかるみに落ちて上がってこれなかった人もいる
祟りじゃ
道真の


はぎのうわつゆ


風に

吹き飛ばされる

順番が
くるの

誰でも

過去だろうが現在だろうが

平等に

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    Excerpt: 「5月6日に平等院に行った」について 鉢を空中にする スタンドを4つ 面ファスナー8枚 パッドに描くペン Weblog: 花織ちゃぶ racked: 2019-05-22 23:20
  • アンプラグド

    Excerpt: 「5月6日に平等院に行った」について プラグを抜いて 好きなこと するの 黙って 聞こえないのいいことにして Weblog: 花織ちゃぶ racked: 2019-05-23 21:22